知性と科学  現代の科学は、人間の認識についての詳細な情報を要求している。科学はそのレベルにたどりつけた。
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知性と科学
科学とは何かを知る前には、人間の知性とは何かを知らねばならない。
我々人間は、何をもってそれが知的に正しいと判断しているのか、その判断の
基礎となる部分を知らねばならない。

 
● 科学者に必須の知識

 ここでは、近代の優れた科学者が必要という哲学的なアプローチについて
 詳細に述べることにする。

 まず、科学を知る以前に、
人間の知性とは何かを知る必要がある。
 何をもって人間にとって根拠があるのかを知らなければ、深遠な自然への
 アプローチができない。

 現代の科学において、人間の認識についての真の理解がなければ
 進めない時代となった。そのことを優れた科学者の多くも痛切に感じている。

 科学の土台をなす論理的思考が人間の何に負っているのかを正しく詳細に
 理解することは、21世紀を生きる科学者には必須の知識となる。

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● 人間にとって根拠があるとは何か@

 人間にとって根拠があるとはなんであるか!

 それは
時間、空間、根拠律(≒因果律)の適用を受けた表象
 通ってのみ、その表象の上で的確に判断されたものだけが、知的に正しいと
 いう正統の権利を有する。それが人間にとって知的であるということである。

 脳におけるそのような表象の上で判断されたものこそが人間にとって知的に
 正しいと言える事の第一歩を踏むということである。
 そのような脳内の表象、つまり時間、空間、根拠律の適用を受けた表象を
 人間は、何個有しているのだろうか?

 答えは
つである。
 根拠律が存在する表象は4つである。
 人間はその4つの表象のいずれかを用いて、知的に正しいと言える判断を
 下すことが可能である。
 人間がこの4つの表象を持ち、その各自の表象が有する根拠を土台にして
 初めて学問を構築できるのだ。その4つの表象がそれぞれ有する根拠を、
 つまりは
根拠律の4つの根と表現するのだ。

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  * 因果律とは、根拠律の内の1つである。
      因果律は、もっとも重要な根拠律の1つである。


       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の学者へ



 
● 人間にとって根拠があるとは何かA

 人間にとって、知的に正しいとか?間違いか?という、その判断の基準と
 なるべきものは、我々の中に存在する表象によってなされる。

 その表象は、時間と空間、さらに根拠律の適用を受けている。
 これらの表象は、根拠律を有している。
 これらの表象を抜きにして、我々人間は、知的に正しいという正当性をもつこと
 はできない。判断できる土台を、これらの表象が持つのである。

 この表象は4つ存在する。
 いずれかの表象の根拠を土台にして、そこから論理的な展開によって
 構築していくことによって、我々はそれが知的に正しいと初めてみなせる。
 いずれかの表象を1つ、または複数、利用することで我々人類は、学問を
 形成してきた。

 
あらゆる学問は、この4つの表象の有する根拠律のいずれかを
 導きの糸としている。

 あらゆる学問は、確実な根拠を持ち、そこから論理の鎖で体系化される。
 人間にとって知的に正しいことをいう為には、4つの表象のいずれを舞台に
 して、その上で根拠律に照らされて判断されてこそ正当性をもつ。
 これこそが人類にとって、知的であり、正当性があると言えることなのだ。

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● 人類史上最高の頭脳の登場

この根拠律の4つの根について、人類に明快に知らせたのが
人類史上最高の頭脳を有するショーペンハウアーである。
人類は、根拠があり知的に正当性をもつという意味を真に理解する為には
彼の登場を待たねばならなかった。

 
人類史上最高の頭脳をもつ。彼の前には誰もいず、また彼の後にも誰もいない。
   
      ショーペンハウアー

 人間の脳内には、根拠をもち、それゆえ知的に正しいと判断できる表象を
 4つ有していることを人類に知らしめたのだ。
 彼の登場によって、人類は初めて、人間が有する表象についての詳細な情報
 を得ることができたのだ。
 その仕事がなされたのが、彼が26歳の時というのだから驚きである。
 
 量子力学の世界に突入した物理学において、この理解はもっとも重要になる。
 優れた科学者達を強く支えることになるのだ。

 近代の物理学、数学、科学の発展におけるショーペンハウアーの影響は
 絶大であり、その範囲は広範囲に及ぶ。
 量子力学のコペンハーゲン解釈などは、まさにショーペンハウアーンの見解を
 展開しているのである。 さらには、そこに潜む真の意味についても量子力学が
 表にでる100年以上も前に、詳細にショーペンハウアーが詳細に述べている。

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● 表象とは

 我々が見ている世界、つまり表象であるが、そもそも表象とは何であろうか?
 表象である為に必須の条件はなんであるか?
 それは
主観客観の関係が成り立つことが何よりの前提である。
 主観と客観があってそこでこそ初めて表象が存在可能となる。
 我々の脳内で、表象が成立する為には、見るべき我々と、見られるべきもの
 が必要である。

 先ほど述べた4つの表象は、空間、時間、因果性が適用され、根拠律を有する。
 なれど人間の脳が有する表象は、これら4つの表象だけではもちろんない。
 例えば
芸術が扱う表象である。芸術が扱う表象とは形象の世界であり
 時間、空間、因果律に縛られない。


 
プラトンのいうイデアの世界がこれに該当する。
 芸術において、特定の場所で、特定の時間での現象などはまるで問わない。
 時間、空間、因果律に縛られない表象である。
 それらに縛られない変わりに、それゆえ根拠律を持たない。

 芸術は、学問のように、ある根拠から論理的に構築する対象ではない。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の芸術家へ 』


 
● 表象の種類@

 我々人類が知的に正しいと判断できる表象は4つ存在する。
 判断の土台になる根拠律を有する表象である。
 その表象の詳細について説明していこう。

   
@ 直覚的表象  (現に見ている世界)
   
A 抽象的表象   (あらゆる概念、思考)
   
B 直覚的表象2 (=質料がない。つまり時間と空間のみの表象)
   
C 意欲の主体   (=内感、自己意識)(時間形式のみ存在)

 
直覚的表象とは、いわずとしれた、今、まさに我々が眼前で見ている
 この世界のことである。(夢の世界も実はこの表象に密接に関連している)

 直覚的表象とは、直観的表象と言っても良い。
 他の3つの表象の土台となる、その意味でもっとも重要な表象である。
 この表象は知的な学問の分野といわずに、芸術などあらゆる認識の大元に
 なっている表象である。
 直覚的表象のもつ根拠律こそが、因果律(=生成の根拠律)である。

 
抽象的表象とは、概念、思考などそれら一切のものが含まれる。
 理性や精神もこの範疇に属する。
 抽象的表象は、直覚的表象から、捨象・抽象して組みあせて色々と思考する。
 抽象的表象は、あくまでも直覚的表象の部分であり、それ以上にはならない。
 抽象的表象のあらゆる根拠の源は、直覚的表象に属する。
 抽象的表象が有する根拠律が認識の根拠律である。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
        『 稲穂黄金の夢と現実の世界
        『 稲穂黄金の超越的な世界
        『 稲穂黄金のユングとフロイト


 ● 表象の種類A

 
直覚的表象2は、質料がない世界のことである。
 直覚的表象と直覚的表象2の違いは、そこに物質がまったく介在しなくても
 良いということである。つまり時間と空間のみの世界と言える。

 直覚的表象2と名づけたが、これも
抽象的な表象の1つである。
 あくまでも直覚的表象から、捨象・抽出して成り立つ表象に過ぎない。
 であるので、抽象的表象2と名づけても良かったのであるが、直覚的表象の
 ように見えるので、擬似直覚的表象の意味で、直覚的表象2とした。
 直覚的表象2が有する根拠律が存在の根拠律でである。

 
意欲の主体とは、内感とか自己意識といわれるものである。
 この自己意識は、他の表象と比べると少しだけ特殊である。
 他の3つの表象は、全て時間と空間のルールに適応しているが、
 自己意識だけは時間形式のみ適応している。
 人間の道徳的な行為がここに関連する。(詳細は以下のサイトにて)

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(*) 詳細は以下のサイトを参照。
        『 稲穂黄金の未来の精神分析学
        『 稲穂黄金の未来の心理学者へ


 
● 各表象が有する根拠律

 根拠律の詳細について語るのは、このサイトの本意ではないので
 簡単に説明しておく。
 以下、各表象が有する根拠律について記載するが、ここではこういうものか
 という感じで良い。それで良い。

   直覚的表象   
生成の根拠律    = 因果律
   抽象的表象   
認識の根拠律    = 判断の根拠
   直覚的表象2  
存在の根拠律    = 存在の根拠   
   意欲の主体   
行為の根拠律    = 道徳の根拠

 
生成の根拠律とは、因果律のことである。

 
認識の根拠律とは、論理的/経験的/先験的/超論理的
 それぞれの真理の判断の根拠のことである。

 
存在の根拠律とは、空間と時間の相互の規定である。

 
行為の根拠律とは、どんな人間も動物もその行動の前には動機があり、
 また
動機によって必然的に遂行することの根拠である。

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● 根拠律に伴う必然性

 さらにそれらの根拠律には、以下の必然性が伴う。

  直覚的表象      生成の根拠律     
物理的必然性
  抽象的表象      認識の根拠律    
論理的必然性
  直覚的表象2     存在の根拠律    
数学的必然性   
  意欲の主体      行為の根拠律    
道徳的必然性

 これらの根拠律を通して生まれる必然性である。
 この必然性を各表象が持つために、
それぞれの分野の学問は、
 その拠って立つべき主たる表象が異なる
のである。

 この点が特に重要である。
 このような違いを無意識にでも使いわけれた科学者は、その学問分野で
 圧倒的な実力を示し、驚異的な業績を残している。

 例えば、18世紀最大の数学者である
レオンハルト・オイラーは、
 数学が、どの表象に基づいて形成されるかを、彼は明確な意識とまでは
 いかなかったが、充分に理解し利用していた。
 これから、どの学問がどの表象に関連するかを記載する。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の数学者へ
        『 稲穂黄金の究極の数学


 ● 表象の種類と学問の構成@

 根拠律が存在する4つの表象を通ってこそ我々人間にとって、初めて知的に
 正しいということが言える。
 この4つの表象を通らないものの事象の真偽を、人間に知的に証明できる術
 はなく、それは知的に論じる対象ではない。

 学問のそれぞれの分野は、この4つの表象の1つを主要な土台におき、
 さらに、いくつかの表象を利用して、その学問を形成する。
 学問の分野によって、その主たる表象は異なる。

 各々の学問は、いくつかの表象を利用にすることで知的に正しいと判断して
 その道を進んでいく。各学問分野が土台とする表象は以下である。

  直覚的表象  ⇒ 全ての土台(芸術、科学における観察
  
抽象的表象  ⇒ 全ての学問(文系・理系、論理、科学で利用する数式
  
直覚的表象2 数学(図形=幾何学)
  
自己意識    ⇒ 精神分析学、心理学

 直覚的表象の舞台は、あらゆるものである。
 なぜなら、他の表象の根拠もここにすべての根拠を持つからである。

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 ● 表象の種類と学問の構成A

 学問だけでなく芸術においても利用するのが直覚的表象である。
 学問に用いられる思考、概念の類はすべて抽象的表象に属するが、それらの
 抽象的表象の元になるものは直覚的表象に含まれている。
 抽象的表象は、あくまでも直覚的表象の部分にしか過ぎない。
 その意味で、あらゆる学問は直覚的表象を土台にしている。
 
 だが特に、この直覚的表象を利用するものは、観察を必要とする科学である。
 物理学がそれに該当する。もちろん、生物学、化学もこの表象は重要である。
 数学においては、この表象は特に関わらない。
 数学には自然の観察は、特に必要でないのだ。

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 ● 科学が利用する表象

 さらに詳しく見ていこう。
 科学の中心である物理学では、
直覚的表象抽象的表象の2つの表象
 を利用して組み立てられる学問である。

     直覚的表象  ⇒ 現象の
観察、現象の確認
     抽象的表象  ⇒ モデルの組立、構成(
数式の利用)

 抽象的表象とはまさに思考であり、あらゆる数的、量的な比較を意味する。
 つまり数式、方程式を利用する科学にとって、この抽象的表象は、必須の
 道具であり、強力な武器である。

 物理学において様々なモデル、法則を仮定して、それを実験して検証する事
 でそのことが正しいかどうかの確認を行う。
 この観察の確認の為に行われるのが直覚的表象である。

 抽象的表象でいくら、この世界を構築しても、それは想像することで可能なの
 だが、それが現実にそうなるかといえば、そうはならない。
 
抽象的表象には、因果律の根拠が含まれていないからだ。
 直覚的表象のみが因果律を有する。
 この意味は、極めて重要である。

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● ア・ポステリオリと現代物理学

 物理学は、後天的な認識、つまりア・ポステリオリの学問である。
 物理学は、その現象を確認し、再び再現できることで法則とみなす。
 自然法則とは、いつでも(時間)、どこでも(場所)、条件さえ整えば再現できる
 ことを意味する。

 近代の物理学において、微小な量子の世界で、ある時間における物質の
 位置と運動量を正確に測ることはできないことが明らかにされた。

 どれほど優れた実験器具を要したとしても、何度測ろうとも物体の位置と運動量
 を同時に測ることはできず、あるばらつきが生じることがわかった。
 ハイゼンベルクの不確定性原理である。
 それゆえ物理学者にとっては大きな問題となった。

 これに対して物理学者は確率を導入することで対処した。
 ある時間の物質の位置と運動量を関係式の範囲で特定できるように
 ニールス・ボーアは、相補性という考えを取り入れた。

 不確定性原理の議論は、さらに熱くなっていった。
 毎回同じ実験で行われる結果が、毎回異なることは、結局、人間には
 その結果を見るまではわからない。そうしてそれ以前にはどちらの状態も
 重なった状態のようだと解釈することになった。
 この表現は、シュレーディンガーの猫で表現された。

 実は、これらについて、哲学としては量子力学が登場する100年以上も前に
 ショーペンハウアーが詳細に述べていることで決着している。
 ショーペンハウアーから学んだニールス・ボーアがそれを物理学に取り入れ
 コペンハーゲン解釈として現代に伝わっているのが真相である。

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● 数学とその表象@

 数学で土台に利用される表象は、抽象的表象と直覚的表象2である。
 数的、量的比較をする数式、方程式を利用する数学では当然、抽象的表象に
 その多くを負っている。

 なれど数学はそれだけではない。
 点や線、面などの質料のないものを空間の時間の世界に思い浮かべる。
 空間と時間のみが存在して、いっさいの物質がないを利用する。
 これが直覚的表象2である。もちろん何度もいうようだが、名前には直覚的と
 付いているはいるが、これは抽象的な表象の1つである。

 数学者は表象上に、仮想の点や線を想定して思考することが可能となる。
 抽象的表象は、主に代数学に利用される。
 直覚的表象は、主に幾何学で利用される。

         抽象的表象   ⇒  
代数学 (方程式)
         直覚的表象2  ⇒  
幾何学 (関数)

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 ● 数学と表象A

 数学における代数学と幾何学の融合はデカルトまで遡るが、その融合の真の
 意味についてデカルト自身、まるで想像もしていなかった。
 デカルトの時代には、天才カントが生まれていなかったからだ。

 デカルトの登場により、数学は発展した。
 代数学と幾何学の融合は、着実に成果を出した。
 時折、矛盾が発生した。その度に数学は数を拡張してきて対処してきた。
 デカルト登場以後、数学においては複素数が盛んに登場し始め、
 数学は複素数にたどりつくことで、その矛盾を解消してきた。

 
数学とは表象機能と論理機能の折り合いである。
 されに正確に表現すれば、数学とは、
直覚的表象2抽象的表象との
 折り合いである。

 抽象的表象が論理機能を担当し、直覚的表象2が表象機能を担う。
 抽象的表象は、数などの方程式などの代数学の舞台となる。
 直覚的表象2は、図形などの幾何学の舞台となる。

 もっと噛み砕いて表現すれば、直覚的表象2は、人間が図形(=幾何学)を
 利用する時に、もっとも活発に 動いている脳の機能といって良い。
 抽象的表象とは、人間が数・方程式(=代数学)を利用するときに、もっとも
 活発に動いている脳の機能といって良い。

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● 数学の歴史

 数学とは、根拠を有する4つ表象の内の上記に述べた2つの表象を利用する。
 数学者は、数学をしているときに、こういう脳の機能を利用していることに
 まったく気付かない。
 しかし、数学者が気付いていないだけで、数学における様々な出来事は、
 実は、この脳の中の
2つの機能(表象)の関係 を学問的に明確
 する作業であると言える。
 
 まさにこれこそが数学の歴史である。
 幾何学と代数学の融合の裏に、直覚的表象2と抽象的表象との折り合いを
 つける数学の歴史が存在する。
 それは脳の認識論にまでつながる問題なのである。

 脳の中の2つの表象の折り合いをつける為に、人類にもたらされた数が
 すなわち
複素数(=虚数)と言える。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の究極の数学


 
● 近代数学の流れ

 近代に起こっている数学の流れは、
 幾何学では、代数学に影響されない
幾何学だけの性質の抽出であり
 代数学では、幾何学に影響されない
代数学だけの性質抽出である。

 それゆえにこれは以下の作業を意味していると言っても良い。
 
抽象的表象の上での数学的性質の抽出作業。
 
直覚的表象2の上での数学的性質の抽出作業。

 以降で、再度述べるが、不完全性定理、完全性定理を述べたゲーデルの
 探究とは、つまりは抽象的表象の上での限界の範囲を見定めるものであった。

 非ユークリッド幾何学のロバチェフスキーの探究とは、直覚的表象2の上での
 最大の領域と、その可能性を展開するものであった。

 数学は直覚的表象2に関連せずに抽象的表象のみの数学的性質を洗い出す道
 を進み、また抽象的表象に関連せずに直覚的表象2での数学的性質の洗い出し
 の道を進んだ。そうして20世紀最大のヒルベルトが登場したのであり、
 基礎数学(メタ数学)が登場することにもなったのだ。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の数学者へ


 ● 数学に発生するパラドックス

 数学が、抽象的表象と直覚的表象2を利用することは述べた。
 数学においては、現実的な世界である直覚的表象は特に必要としない。

 現実に確認されなくても、数学ではひとつの数学世界として構築可能である。
 そうして数学者は、直覚的表象に似ている直覚的表象2を利用して、
 それを盲目的に信じて、数学を発展させてきた。
 毛頭、数学者の中で、何の表象を土台に考えているかなどと意識するような
 者などいるわけもなく、数学者は無邪気に進んでいった。

 数学では、いくらでも空間が作成可能である。
 数学者は今まで数学が描くことが現実に矛盾するなどと考えたこともなかった。
 確かに直覚的表象2は、直覚的表象からの部分であるから、直覚的表象2
 の中で矛盾がなければ、直覚的表象においても特に矛盾は起きなかったが
 その点、それがそうありうるという根拠も有していないのだ。

 それゆえに数学においては、多くの齟齬(そご)が発生した。
 それが数学でいわれる、
パラドックスと呼ばれるものである。

 現実にも当てはまると思っていたものが、実際に現実にそうならないことに
 驚くのである。
抽象的な表象の上でしか成り立っていないものを、まるで現実
 にも当てはまると思って、いざ
直覚的表象の舞台に来ると、そういうことに
 なっていないことに今更、驚くという具合である。
 例えば、アキレスと亀のゼノンのパラドックスなどは有名である。

 数学は、現実での再認識が不要ゆえに、人間が安易に数学が現実に対応
 できると思っていたことが、説明しがたいことがしばしば起きたのだ。
 アキレスと亀は、直覚的表象2に過度に期待を寄せすぎたことに起因する。
 (以下のサイトを参照)


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(*) 詳細は以下のサイトを参照。
         『 稲穂黄金の究極の数学
         『 稲穂黄金の科学の基礎


 
● 各々の表象の限界領域への探究@

 ショーペンハウアーが『根拠律の4つの根』を発表してから、それに敏感に
 反応した優れた者たちが存在した。

 それは
科学者達である。
 残念ながら哲学学者ではなかった。
 哲学学者の多くは、真剣に学ぶことを既に諦めていた。

 敏感に反応したのは、数学者や物理学者などの科学者であった。
 皆、ショーペンハウアーが語った真意については、理解できていなかったが、
 それでも、優れた科学者達は、その重要性を感じ取っていた。

 ここから優れた者達は、自分が専攻する学問が拠り所にする表象についての
 
限界領域、最大領域がどこまでなのかを探究し始めた。
 この者達の探究の背景には、ショーペンハウアーの偉大な業績が控えていた。

 
この視点なくしては、近代の科学者を初めとする多くの探究者
 の作業が何を意味しているか、さっぱり理解する事が、できないだろう。

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 ● 各々の表象の限界領域への探究A

 あらゆる分野で、各表象の
観察的限界論理的限界
 境界を見極めようとする探求が、優れた者たちによって推し進められた。

  直覚的表象    ⇒  ハイゼンベルグ   ⇒ 
不確定性原理
              ⇒  ニールス・ボーア   ⇒ コペンハーゲン解釈
              ⇒  シュレーディンガー ⇒ 波動力学

  抽象的表象   ⇒  ヒルベルト     ⇒  無矛盾性
             ⇒  ゲーデル      ⇒ 
不完全性定理
             ⇒  カントール      ⇒  集合論
             ⇒  ガロア、アーベル  ⇒  群論

  直覚的表象
⇒  ロバチェフスキー ⇒ 非ユークリッド幾何学
             ⇒  リーマン      ⇒ 多様体・トポロジー(位相幾何)

  自己意識     ⇒ フロイト       ⇒ 精神分析学、自我 
              ⇒ ユング        ⇒ 心理学、集合的無意識

 これらの者達は、ショーペンハウアーが述べた『根拠律の4つの根』の登場に
 よって、必然的に生まれた子供達とさえ言える。

 多くの優れた科学者は、ショーペンハウアーから学んでいる。

   ショーペンハウアーの根拠律の4つの根の登場以降、優れた科学者は
無意識にでも、
   自分が専攻する学問が利用する
表象のその限界を探究し始めた。
                 
             ヒルベルト              ゲーデル

 近代におけるあらゆる分野の学問の方向にはこの一連の流れが存在した。
 それは現代でも続いている。

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● 科学者の誠実さ、努力、さらに執念

 ショーペンハウアーはあらゆる分野の優れた者達を刺激した。
 あらゆる分野において、一流の者達は、ある方向へと一斉に進み始めた。
 
各表象のもつ限界点を探求し始めた。

 ショーペンハウアーが述べた”根拠律の4つの根”の意味に敏感に反応した
 の一流の数学者や物理学者などの科学者であった。

 その学問の分野で、第一線で活躍する人々が、その分野が根拠とする表象の
 観察的限界、論理的限界を調べ始めた。
 それぞれの学問における限界を調べることを始めたのだ。

 
直覚的表象については、ハイゼンベルク、ニールス・ボーア、シュレディンガー
 などの優れた者たちが、これに対応した。
                     シュレーディンガー
              
   ハイゼンベルク                          ニールス・ボーア    

 
抽象的表象については、ゲーデルやヒルベルト、カントールらが対応した。
 群論の仕事を推し進めたアーベルやガロアなどもここに関連する。
           カントール         
    ヒルベルト
                

 
直覚的表象2については、リーマンやロバチェフスキーらがこれに対応した。
     
リーマン                    ロバチェフスキー
 
          
非ユークリッド幾何学のモデル空間

 
意欲の主体(自己意識)については、フロイトとユングが中心となって対応した。
           
          フロイト                  ユング

 これらの者達は、ショーペンハウアーの根拠律の4つの根に対する深い理解
 はなかったが、それでもその重要性は感じ取り、各自が担当する表象の限界
 を探究する重要さに気付いた。
 これは、まさに彼らが日頃から学問に精一杯、実践している賜物であった。

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● 真に優れた探究者@

 数学者には、深遠さを醸しだす者は、ほとんど存在しない。
 皆無と言ってよい程、存在していない。
 優れた物理学者並みの深遠さを兼ね備える数学者を見出す事は非常に難しい。
 物理学者はそこそこ用心深い。自然を相手にしてするからだ。

 その点、数学者は楽天家が多い。
 数学は、最後は脳の直感に由来するア・プリオリに帰結できるからだ。
 数学者は、数学にて使用する自分達の思考そのものについては考えない。
 彼らが数学以外の話を語ると、大抵、平凡な話に終始する。
 数学以外に、特に語るべき何かを、彼らは持ち合わせていない。

 深遠さをまったく感じさせない数学者ではあるが、例外も存在する。
 探究者としても一流の、真に優れた者が数学の歴史の中で1人だけ存在する。
 彼の名は、
レオンハルト・オイラー
 18世紀の最大にして最高の数学者である。

   深遠さをまったく備えないのが数学者の特徴であるが、オイラーだけは例外である。
   彼は、一流の探究者でもあり、深遠さを見せていた。
             
      18世紀、最大にして最高の数学者 
    レオンハルト・オイラー

 オイラーは、どの数学者よりも数学というもの自体を理解していた。
 オイラーは、事象の理解は計算によってなされるではなく、最終的には
 直感によって得られることを誰よりも理解していた。

 つまり幾何学的構成に結びつけることで明快な理解が得られることを
 誰よりも理解していた。だから彼は、計算で得られる結果を、最後には
 直感のア・プリオリの理解ができる図形、つまり幾何学と結びつけた。

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 ● 真に優れた探究者A

 オイラーの証明方法は、
最後には図形と結び合わさって展開された。
 それゆえ、オイラーの定理の数々は、いずれも簡潔に、かつ美しいのである。
 ストンとその結果に落ちるエレガントさを持っている。
 いつの時代においても、数学者の中には、オイラーに魅了され、オイラーの
 熱狂的な支持者がいるのにも、それが理由なのである。

 オイラーが活躍した18世紀において、まだショーペンハウアーが登場していない
 ので、オイラーは当然ながら、根拠律の4つの根に対する理解はもっていない。
 だがオイラーが数学で見せたその証明のあり方は、数学が脳の表象の
 
抽象的表象直覚的表象2に関わるものであることを、まざまざと示している。

 オイラーは、それらを感じ取り、かつ最大限に利用した。
 オイラーは、証明において、抽象的表象を最大限に利用しながらも
 証明の最終段階になると、直覚的表象2の上の図形(幾何学)と結び合わせて
 人々の幾何学的な直感に帰結させようとした。

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● オイラーと他の数学者との相違

 オイラーの才能は、数学だけに限定されるものではなかった。
 オイラーは、優れた哲学者の成果にも敏感に反応した。
 彼ほど、哲学の成果に反応した科学者はいなかった。
 オイラーと同時代には、あの天才カントが存在した。
 カントが登場すると、それを敏感にキャッチした。
 王女への手紙の中で、以下の趣旨を述べている。

 『 私は眼前に見るものを触ったときにそれがある事を知るのではなくて、
  それは触る以前に私の脳の中で、その存在を直感したのではないか?
  その物体が、とても私の外側にある何ものかには思えない。』

 また重力が何かの作用の原因から問えるようなものでないこと見抜いていた。
 『重力の本質は、結局は物体に特有の愛好と欲情(すなわち意志)に
  還元されなければならないだろう 』

 オイラーはスピノザ的であり、さらに同時代のカントの意味を、その時代の
 あらゆる科学者の中で一番理解していた。
 このオイラーの深遠さに比べれば、数学の王様
ガウスも解析学の父コーシー
 もただの
計算屋となってしまうのだ。

   数学の王様ガウス、解析学の父コーシー
   2人とも
数学に対する貢献は絶大であり、オイラーと甲乙付けがたい。
   なれど探究者の面から見ると、この2人では、オイラーの足元にさえ近づけない

               
                ガウス              コーシー

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  * 数学の王様ガウスの功績も、解析学の父コーシーの業績も、それは大変
    に立派なものであり、数学における貢献の上では、ガウス、コーシー、
    オイラーは甲乙付けがたい。
    なれど数学を離れて、探究者の面から眺めれば、その深遠さは天と地ほど
    の差が存在する。オイラーはまさに超一流の探究者であった。



 
● 哲学とは何か

 哲学とは何か?哲学の進むべき方向は?
 ここまで読んできた人の中には、うっすらとその意義、役割が理解できている
 人もいる思うが、そのことを述べておく。

 哲学とは、これら根拠律を有する4つの表象を、フルに利用しながら、
 あらゆる学問を検討することである。
 そして、あらゆる分野の学者に、その土台を知らせ、他の学者が進んでいける
 ようにサポートすることである。

 カント、ショーペンハウアーによって始めて、人間にとって何が知的に
 正当性をもつかが、明瞭と意識されることとなった。

 人間にとって知的に正当性を有する為には、根拠律の存在する4つの表象
 の何れを根拠を始点にして、論理によって展開すること。
 あらゆる学問は、これらの4つの表象の内のいくつかを利用する。
 物理学は、直覚的表象と抽象的表象を利用する。
 数学は、抽象的表象と直覚的表象2を利用する。

 あらゆる学問は、抽象的表象を利用する。
 なれど抽象的表象の素材は、すべて直覚的表象からの借り物である。

 哲学とは、それらを真に理解し、あらゆる学問に対して知的光をあてる重要な
 役割がある。圧倒的な力量と幅広い知識が要求される。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の哲学者へ


 
● まったく至らない者達

 現在の日本の大学教授で、哲学者などと呼べる人間はいない。
 哲学学者にすらなれない哲学科の名誉教授、大学教授もわんさと言る。
 考えることをやめて、抽象的表象の範疇にある理性を絶対視して、それで
 この世界の何がしかが理解できると盲信している馬鹿者達も実に多い。
 抽象的表象が、直覚的表象の部分にしか過ぎないと何度言っても、その意味を
 まったく理解できない連中も多くいる。

 この世界には絶対理性が存在して、世界はその認識の発展過程にあり
 その発展の方向へ進んでいる云々と、喜びながら話す愚か者も実に多い。

 大学哲学においては、何に知的な根拠があって、どうやって探究するべきか
 さえ理解しないや輩が、わんさと溢れている。
 こういう者達に言えるのは、まず自然科学の基礎を学ぶこと、数学によって
 論理的思考を鍛えないさいというぐらいである。

 思いつきと思い込みが哲学だと信じている連中は実に多い。
 特に日本の大学哲学ときたら酷いレベルであり、救いがたい。
 日本において哲学科が文科系出身者で占められる現実。

 真の哲学の高みがまるで理解できない者達で溢れているのだ。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の学者へ
        『 稲穂黄金の浅はかなる者達


 
● 再度、哲学とは何か@

 4つの表象の意味を知り、それをもとに論理展開を行い、縦横無尽に使って
 あらゆる学問を様々な視点で眺めること。
 自然科学の知識はもちろん、この世界に冠するあらゆる知識を吸収して
 これに努めること。哲学は、あらゆる方面からの知識と洞察が必要となる。

 本来、それらに耐え得る脳しか、真の哲学は受け付けない。
 真の哲学者の洞察は、それだけ半端なレベルではない。
 カントやショーペンハウアーなると同じ人間とは思えない。
 まさに知の化け物と言える。

 哲学は、あらゆる認識の土台となる直覚的表象をもとに、それを含めた4つの
 表象を利用して、論理的な鎖によって、それが真であることを述べる。

 哲学とは確実な根拠から始まり、論理的な展開よって進んでいく。
 こうして初めて、人間にとって知的に正統性をもつのだ。

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● 再度、哲学とは何かA

 学問において、超越的なものを基礎とすることなどはありえない。
 それがあれば、それは学問ではなく、芸術か信仰に属するものである。
 再度述べる。学問は、根拠律から始まり論理の鎖によって展開される。

 稲穂黄金が、ここまで哲学学者に厳しく言うのも、21世紀において
 科学は間違いなく哲学の知識を必要とするからである。
 優れた科学者の多くは、既に哲学を独学で学んでいる。

 アインシュタインがそうであったし、ニールス・ボーアがそうであった。
 シュレーディンガーなどは若き日にショーペンハウアーを熟読した。

 哲学を独学で読み進める優れた科学者はそれで良いが、
 若い科学者において、科学に取り組むのも精一杯の時期に、哲学を学ぶと
 いうのも負担は大きいであろう。

 その場合、哲学学者から学ぶこともあるかも知れない。
 その時に、真に偉大なカントやショーペンハウアーの業績を、しっかりと
 語れる者が必要なのである。
 この世界の姿を語る上で、未来の科学者に間違った情報を渡さない為に
 哲学学者の役割も重要となる。

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● 未来の科学者へ

 カントのことを知りたければ、カント自身が書いた本を読むことである。
 カントを研究した学者達の本を100冊読むよりも、カントの本の1冊から
 学んだ方が、得る所は遥かに大きい。

 ただし、実際にカントの述べた内容は、実に深遠な上、表現も難しい。
 語られている内容そのものが極めて高度な為、表現の難しさもある程度、複雑に
 なるのは致し方ないとしても、その内容の深遠さの為に、当のカント自身も混乱
 している箇所がいくつか見受けられる。

 カントを真に咀嚼し、それを発展させたショーペンハウアーから学ぶのが一番
 最適である。さらにショーペンハウアーはカントが述べた中での間違いの点も
 ことごとく指摘してもいる。
 人類史上最高の頭脳をもつ彼の説明は、非常にわかりやすい。

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● 人間の判断の領域

 科学でこの世界の事の全て理解できるなどということは決してない。
 根拠律を有する4つの表象のいずれかに上がれば、何でも理解できるなどと
 いう事もない。
 実際に、科学において量子世界の理解のしがたさは、端的にこれを示している。

 さらにいえば、根拠律を有する4つの表象のいずれにも上がらないものが
 この世界にはいくつもある。
 
人間の知性で、判断のつかない対象はいくらでも存在する
 人間の知性の対象になり、理解できるものは限られた範囲である。

 人間が理解できないものは、この世界にたくさん存在している。
 自然の中には、人間が決して理解し終えないものを含んでいる。
 我々、人類が判断できるものなど、この世界のほんのわずかなことである。

 ただそれであっても、我々は根拠律が存在する4つの表象によってこの
 世界を知的に探究することになる。
 これによってこそ初めて、人間にとって知的に正しいといえるからだ。

 この4つの表象上に存在する根拠律と、そこから導かれえる4つの必然性。
 その範囲内で語られることこそが、人間の判断の領域であり、つまりは学問の
 最大領域なのである。

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● 根拠律が存在しない表象@

 根拠律が存在する4つの表象の該当しない表象、つまり根拠律をもたない表象
 の代表的なものが形象の世界である。
 つまり芸術家が対象とする表象であり、プラトンのいうイデアの世界である。

 芸術が利用する表象は、根拠律を持たない。
 天才芸術家は、特定の時間、特定の場所、因果の関係によらない世界を見る
 ことでその物の後ろに存在する世界を見て取る。
 事物の本質、そのものを表現しようと芸術家は、心がける。
 芸術家が描く世界こそがプラトンのいうイデアの世界である。

 科学においては、特定の場所、特定の時間における、特定の原因における
 その結果が、問われるが、それらは芸術においては一切問われない。
 だから芸術は、学問ではない。

 芸術は美を相手にするのであり、根拠を相手にするのではない。
 学問は、いずれの学問であろうとも根拠から始まる必要があるが、
 芸術は、根拠から始まることもないし、根拠をもつ必要さえもない。

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       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の芸術家へ


 
● 根拠律が存在しない表象A

 我々の脳が有する表象は、根拠律の根が適用されてる表象ばかりではない。
 それ以外の表象ももちろん存在する。
 その代表例が芸術家が見る表象の世界であることは述べた。
 芸術はプラトンのいうイデアを捉える。
 その表象は、時間と空間、因果律に縛られない。

 天才芸術家は、まさにこれを捉えて表現する。
 水面を描く芸術家は、そこの水の本質を捉えようとする。
 鏡の性質、波の性質、しぶき、流体、さまざまな姿を捉える。

 その物質を決定づける性質を有している。
 それは個別的ではなく、物質ごとにその奥に静まった型を有している。
 これがプラトンのいうイデアである。

                  
イデア
                   ↓
      
イデア    →   物質  ←  イデア
                   ↓
             イデアに沿った現象を展開する


 物質にイデアが適用されて現象が展開される。
 現象が展開された時に、初めて空間、時間、因果律が適用される。
 イデアが物質に適用される前の世界を見ようとするの芸術家である。
 イデアが物質に適用され、現象が展開された後で登場するのが科学者である。

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● 表象の枠にとらわれない意志

 根拠律が存在する表象ではなく、そもそも表象すら必要のないものがある。
 それが意志である。
 もちろん、意志が表象の上に現れることもある。
 表象の上では可視化された意志が、物質である。
 物質が表象上に現れれば時間、空間、因果律のルールが適用される。

 表象とは、主観⇔客観の関係がまず前提になる。
 根拠律がない表象を利用するのは芸術であるが、それでも主観⇔客観から
 もたらされる表象は利用することになる。

 それに対して、意志そのものは、表象の枠にとらわれない。
 それらの表象を越え出るのだ。
 もちろん我々の表象上の上で、見える形、わかる形で展開されている意志は
 展開されもする。それが物質である。
 なれど可視化されない形ででてくる意志もある。それが自然力がある。
 引力も電磁力も目に捉えることはできない。
 それが知れるのは物質を通して、物質の作用として判別するのである。

         動画           テキスト

       (*) 詳細は以下のサイトを参照。
  
      『 稲穂黄金の未来の神霊家へ
        『 稲穂黄金の神と仏と人間と


 
● 表象の枠にとらわれない意志A

 意志が、我々の表象(根拠律が適用された)に上るときは、例外なく規則に
 従って現れる。物質であれば空間、時間、因果律の適用を受ける。
 表象の上にのぼらない意志は、時間、空間、因果律の適用外にある。

 この意志は、古代においてもまた現代においても信仰の対象である。
 時間、空間、因果律の適用も受けない意志は、それゆえに我々には
 盲目なるものである。
  我々は、意志そのものについては何らの判断もできない。
 判断の土台になるべき根拠律を有する表象の外にあるし、ましてや
 あらゆる表象の外に、意志があるからである。

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